グラフィックデザイングループで富士フイルムの新しい名刺デザインを手がけた厚見桃香さん。

自然に「笑顔」が生まれるデザインで、富士フイルムのパーパスを伝えていく

企業の価値を伝え、人と人をつなぐ名刺。富士フイルムは創業90周年の節目に「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」をパーパスに制定し、それをもとにしたプロジェクトの一環として名刺デザインを一新した。手掛けたのは同社に転職したばかりだったというデザインセンター グラフィックデザイングループの厚見桃香さん。国内外で7万人が使う名刺デザインに何を込めたのか。さまざまな企業でデザイナーを務めてきた彼女が見る「富士フイルム」について、聞いた。

現在の業務内容について教えて下さい。

厚見2023年8月に中途入社し、現在はグラフィックデザイングループで働いています。これまでにサプリメントのパッケージデザインやinstax™フィルムのデザイン、医療分野の製品ロゴ、ラベルのデザインなどに携わってきました。

入社まもなくアサインされた仕事が、富士フイルムグループ全体の名刺デザインのリニューアルでした。リニューアルは新たなパーパスに基づいた活動を広げていくためのもので、名刺デザイン自体は前職でも経験がありましたが、今回の名刺リニューアルは富士フイルムのグループ全体で7万人が使う統一デザインフォーマットになります。富士フイルムとしての企業メッセージやブランド価値をしっかりと伝えられるものにすることを中心に、デザインを考えました。

具体的にはどのようなデザインとしたのですか。

厚見ミッションとしては、名刺自体がパーパスを体現できるツールであること、社員がパーパスとの結びつきを実感を持って感じられること、社員自らが名刺を使ってパーパスの伝播者になること、がありました。そのうえで、世界の共通言語である「笑顔」を使った言葉のいらないデザインを目指しています。

世界で事業を展開する当社は、さまざまなバックグラウンドを持つ社員に対し、パーパスの意味を正しく伝え実感してもらうことが課題でした。笑顔を載せることで、言葉での伝達に加え、ノンバーバルなコミュニケーションが可能になります。写真はinstax™フィルムのフォーマットを踏襲し、富士フイルムらしいデザインで、名刺を交換する時に自然と笑顔が生まれることをイメージしました。

7万人が利用する富士フイルムグループ共通デザインの名刺。国や文化も異なる、さまざまなバックグラウンドを持つ社員が、名刺を通じてパーパスの意味を正しく伝えられることを念頭に置いている。

このデザイン開発で難しかった点はどういったところでしょうか。

厚見国や文化も異なる、さまざまなバックグラウンドを持つ社員に対し、名刺を通じて、パーパスの意味を正しく伝えられるかという点は、やはり非常に難しく感じました。

また、グループ各社の中で会社名の長短もありますし、部署名も同様です。また、肩書きも複数持つ人もいます。単に情報の整理をすればよいというわけではなく、国内外で7万人の社員が使う名刺であることをあらためて考えると、その難しさを痛感しました。

フォントは社内で統一されたガイドラインに則っているのですが、たとえば営業部門の人からは、担当するブランドのロゴマークを入れたいという要望もありました。そのため、ある程度余白を残し、希望に応じてロゴを入れられるようにしました。一方で、入れない場合でも余白に違和感がないようにするバランスが難しかったですね。ビジネスツールとして信頼感を得られることも大切なので、行間や文字間にもこだわりました。

個人的には、富士フイルムには誠実さや真面目さといったイメージがあるように思います。デザインからはその二つが伝わるように意識していて、最終的に仕上がったものは自分としても納得できるものができたように思います。

コーポレートデザインの一環で、グループ全体を対象にした社内表彰式「FUJIFILM AWARD」のトロフィーと式に関連するツール一式もデザインしたそうですね。

厚見はい。「FUJIFILM AWARD」は、富士フイルムグループを対象に、イノベーティブな取り組みで成果を挙げたプロジェクトを表彰する場です。先述した「パーパス」が変わったことに伴って、それまで数年間使われていたトロフィーのデザインや表彰状などをリニューアルすることになり、私が担当させてもらいました。

デザインとしてこだわったところは、「富士フイルムグループを代表する賞」として、富士フイルムを象徴するデザインや格式の高さがひと目で伝わることです。職場に飾った際、周囲の人たちがひと目で認識できることが表彰された方のモチベーションにもつながると思うんです。それが当事者だけでなく周囲にもプラスの影響を与えられるのではと考えて表現しました。

富士フイルムグループを対象に、イノベーティブな取り組みで成果を挙げたプロジェクトを表彰する「FUJIFILM AWARD」。格式の高さと富士フイルムらしさがひと目で伝わることを心がけたと、デザインした厚見さんは振り返る。

前職でもデザイン業務に携わっていたとのことですが、以前と比べて働き方にはどのような違いがあると思いますか。

厚見転職前はリテールに特化した事業会社でインハウスデザイナーとして勤め、それ以前は広告制作会社に勤めていました。前職では主にブランディングなどに携わっていたのですが、「メーカーの中では、どういう手法で製品開発を行っているのだろう?」といった疑問を感じることが多く、それならいっそメーカーで働いてみようと思ったのが、転職を志したきっかけの一つでした。

富士フイルムに入社して楽しく感じたことは、プロジェクトの構想段階から関係者間でコミュニケーションを重ねながらデザイナーとしてイメージの具現化等で貢献できることです。また、「デザインを信じてくれる人が多い」ことは驚きを感じながらも嬉しく感じました。

ものづくりの最先端に関わることができること、さまざまな分野の研究者の間近で学べること、また、デザインを中心に据えたものづくりや製品開発のあり方にも驚きました。前職ではOEM化粧品のブランディングを担当していましたが、富士フイルムでは研究開発を自社で行っており担当者が身近にいるので製品に対する想いや専門的な話を直接聞くことができます。自分もそれを理解しながらデザインすることで、結果的に説得力のある提案につながると思っています。

一般的な「インハウスデザイナー」のイメージとは少し異なる働き方かもしれませんね。

厚見そうですね。私はもともと「知らなかったことを知れること」がとてもおもしろいと感じるのですが、たとえば「自分はグラフィックデザインしかやるつもりはない」というような、自分で自分の領域を決めてしまう考え方だったとしたら、あまりうまくいかなかったかもしれません。自分とは全く異なる背景や領域で働く人へのリスペクトを持ちつつ、常に学びながらデザインに挑戦しようと思えることが、富士フイルムのデザイナーとして大切なのかなと感じます。

ご自身の今後についてはどのように考えていますか。

厚見私は転職を2度経験しているのですが、メーカーに入るのは初めてなので、まずは幅広い事業領域に関わり、多様な専門性を持つ方々との仕事を通じてしっかり富士フイルムそのものや事業への理解を深めていくことが大切なのではと思うようになりました。

自分が知らなかった世界の話をたくさん聞きながら、ワクワク感を感じつつ、これからもさまざまな人と仕事をしていければと考えています。

転職を2度経験しているという厚見さん。「幅広い事業領域に関わり、多様な専門性を持つ方々との仕事を通じてしっかり富士フイルムそのものや事業への理解を深めていくことが大切だと思う」と話す。
  • Text by Tomoro Ando
  • Photo by Sayuki Inoue