プロダクトデザイングループで撮影機能に特化した小型カメラinstax Pal™をデザインした今村 響さん。

「共生するカメラ」を具現化し、instax™の魅力をさらに深化させる

2023年10月、instax™「チェキ」シリーズ初となる、手のひらサイズのカメラ「instax Pal™(パル)」が登場し、特にZ世代の女性を中心に注目を浴びています。人気商品になったこの製品について、デザインを担当した今村 響(ひびき)さんに、開発エピソードを聞きました。

この商品はどのような経緯で生まれたのでしょうか。

今村「instax Pal™」(以下、instax Pal)は、従来のチェキ™とは違い撮影機能に特化した小型カメラです。これまでのチェキ™は、撮った写真をその場でプリントできるのが特徴でしたが、プリンターを内蔵していることで一定のサイズよりも小さくすることができませんでした。そこで「思いきってプリント機能を分離し、より持ち運びやすいカメラを作れないか」というところから開発がスタートしました。

ただ、そうなると「スマートフォンのカメラと何が違うのか」という問いが当然出てきます。なのでスマホにも、アクションカメラにもできないことを実現するカメラをテーマとして設定し、instax Palならではの体験や機能を模索することからデザインを考えました。

新しいタイプのデザインですが、どういった点から検討を始めたのですか。

今村まず考えたのは、これまでになかったカメラのかたちや撮影シーンの幅を広げることでした。たとえば、デバイスをブロック状にし、さまざまなかたちに組み替えられるものなども考えましたが、instax™の一番の魅力は、機能や利便性だけでなく、撮影やプリントを介したコミュニケーションツールでもあることではないかと考えました。

単なるカメラデバイスとしてだけではなく、「ユーザーと“共生”するような存在」として、その魅力をさらに深化させるような存在になることができれば、ユーザーも自然と撮影の機会が増えるはず。スマホとも異なる、「共生するカメラ」というコンセプトにしようという方向性に決まりました。

instax Palは「スマホにもアクションカメラにもできないことを実現するカメラ」をテーマに、独自の体験や機能を模索することからデザインが検討されたという。

「共生するカメラ」というコンセプトはデザインに落とし込むのが難しそうですね。

今村コンセプトを体現したデザインに向け、無機質な形状ではなくどことなく有機的な「生き物感」を大事にしました。シンプルな球体ではなくより有機的で、触ったときに愛着が湧く形状や、ストラップを通すぷっくりとした突起をしっぽのように構築し、いつも持ち歩きたくなる愛らしいデザインを目指しました。また、本体の起動音と終了音も、生き物らしさやキャラ感を意識したサウンドにしました。イメージとしては、生き物が瞬きして起きるときの「パチッ」という音が起動音で、電源を切るときは「プニュ」とつぶれて眠ってしまうようなイメージ音をつくりました。

まったく新しいキャラクターをデザインした感じでしょうか。

今村最初のデザインはだるまをモチーフにしたり、生き物らしさやキャラ感を出すために、二頭身キャラクターや宇宙人っぽいものもありました。新しいキャラクターのようなスケッチを描いたりもしたのですが、ただ単に新たなキャラクターを創造するよりも、富士フイルムが培ってきたinstax™らしいデザインにすべきだと考えました。そこで、instax™カメラならではの特徴である、「プリントの出てくる排出口」や「目のような表情あるレンズ部」といったディテールを取り入れる発想が生まれ、最終的なデザインに繋がっていきました。

「共生するカメラ」をコンセプトに描いた初期スケッチの一部。たくさんのアイデア展開を経て、最終的にinstax™らしいデザインへと繋がっていった。

一番難しいと感じたポイントは。

今村特に、生き物感ある造形とカメラとしての機能の両立が一番難しかったです。たとえば、フラッシュの位置です。造形を優先すると、フラッシュの光が遮られてしまい、写真が暗くなってしまうという問題がありました。設計者とデータを取りながら何度も調整し、機能を損なわず、なおかつ魅力的な形に落とし込む作業を続けました。

また、サイズ感の検討も慎重に行いました。小さくしすぎると、所有している実感やモノとしての魅力が薄れてしまうし、大き過ぎるとおもちゃっぽくなってしまうことから、絶妙なバランスを探るのが大変でした。モックアップを3Dプリンターで自作しながら、全体のサイズや手で持ったときの感じをミリ単位で調整していきました。特に、レンズの出っ張りで表情が大きく変わってくるので、立体感や滑らかな面のつながりを意識しながらバランスを取っていきましたね。

魅力ある造形を実現するために、サイズや手で持ったときの感じをミリ単位で調整し、絶妙なバランスを探ったと話す、今村さん。

製品化を実現させ、人気商品の一つになりましたが、プロジェクトの進め方や周囲のメンバーとの関係性はどのようなものだったのでしょうか?

今村本製品のデザインは、基本的に主担当である私と直属の上長で一緒に進めてきました。このプロジェクトに限らず、上長は私がデザインの進捗やアイデアを報告するたびに丁寧なフィードバックをくれます。特に今回のプロジェクトでは、前例のない製品の在り方や新たな撮影体験について頻繁にディスカッションしました。

上長はいつも私が提案するアイデアやデザインに対して「もう少しこう表現したほうが、より魅力的になるのではないか」という視点でアドバイスをもらえたので、自由にのびのびとデザインを進めることができたと思います。

成果物のクオリティーを求められることは当然ですが、デザイナーの個性を活かしてもらえる職場だと感じています。

富士フイルムのデザイナーにはどんな人が多いと感じますか。

今村「なんでも楽しんでデザインしたい」というマインドが強い人が多いように感じます。自分の役割や得意分野を限定せずに、「何でもやってみる・飛び込んでみる」タイプの人のほうが富士フイルムのデザイナーに向いているのではないかと思います。

私自身、学生時代はプロダクトデザイン専攻でしたが、プロダクト以外のデザイン分野にも興味がありましたし、今もあります。分野を超えて仕事がしたい、挑戦することを楽しめるという人であれば、最高の環境だと私は思います。

造形やカラーリング検討のために製作したモックアップの数々。上長からアドバイスをもらいながら、自由にのびのびとデザインを進めることができたと、今村さんは振り返る。
  • Text by Tomoro Ando
  • Photo by Sayuki Inoue