“最恐”の「怪談説法」とは?三木大雲住職の講演をダイジェストで

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2025.12.15

怪談は仏教を伝える入り口

他業種・他分野のクリエイターなどを招いて講義やワークショップを行う富士フイルムデザインセンターの「Design Development & Talk(DDT)」が開催され、日蓮宗 京都光照山 蓮久寺の第38代住職・三木大雲さんが登壇。「怪談説法」をテーマにした講演を行いました。

「稲川淳二の怪談グランプリ2014」「怪談王2018」で優勝するなど、テレビやラジオ、YouTubeといった多様なメディアで発信を続け、“最恐”の語り手として知られる三木住職。怪談説法の目的は怖がらせることではなく、実際に寄せられた相談や自身の体験に基づく“現代の怪談”を介して、仏教の教えの一端を分かりやすく説き示すとともに、聴く人の人生観や物の見方を変えることにあります。

「もっと遠く。もっと広く。」をテーマにしたDDTの講演で、三木さんは怪談説法を始めたきっかけから語り始めました。ここでは一部をダイジェストでお伝えします。

講演の様子。自身が蓮久寺の住職となった経緯などについても、三木住職は詳しく話した。

怪談説法誕生のきっかけと「匂い」

[語り:三木大雲住職]

私はお寺の次男として生まれました。成人し、自分もお寺で勤めるようになった20年ほど前のことです。宗派を問わず全国のお寺で檀家さんは減り続けており、自らも外へ出て布教をしなければと感じた私は、夕方5時にお寺での勤めが終わった後に街へ出て、各所を回っていたことがあります。そのとき、京都のある公園で深夜に「仏教徒の集い」のようなものが行われているのを見つけたんです。それも、集まっているのはほとんどが10代。なぜ仏教の集まりとわかったかというと、若者たちの服の背中に「天上天下唯我独尊」という刺繍が入っていたからです。つまり暴走族ですね(笑)。

声をかけましたが、当然相手にもされない。砂をかけられたこともありました。それでも通い続けるうちに、彼らがある言葉に惹かれていることに気づいたんです。それは、「最強」という言葉。ならば、自分が持っている最も強い武器で話そう。そうして始めたのが「最恐」の怪談でした。「これから怖い話するけど、聞く?」と切り出すと、場が変わった。そこで私がどんな話をしていたか。たとえばこんな話でした。

皆さんの中で、「病気の匂い」が分かる人はいますか?季節の匂いがわかるという人もおられますが、実は私は幼いころから「病気の匂い」というものがわかるんです。健康だった父の胃がんを匂いで見つけたのも私でした。

三木さんの問いかけに耳を傾ける参加者たち。次第に語りに引き込まれ、その世界観に深い関心を寄せていました。

成人してからのことです。立ち寄ったある本屋で、どこからか“がんの匂い”がしたのです。「どこからだろう?」と思って見渡してみると、雑誌売り場で立ち読みをしている男性からのようでした。とはいえ、声をかけることはできません。その時は袈裟なども身につけておらず、見ず知らずの男からいきなり「あなたから、がんの匂いがするんですが・・・・・・」などと言われたら誰だって驚くでしょう。とはいえ、仏道を歩むものとして放っておくこともできない。

どうすればいいか迷い、その人をじっと見つめていたら、私の視線を感じたのか、「何か御用ですか?」とその男性が聞いてくださいました。私は「すみません、お坊さんをしている者でして、実は私は匂いでいろいろなことがわかるんです。大変失礼ですが、ご主人からがんの匂いがしているんです。もしよかったら一度病院へ行っていただけませんか」と声をかけたんです。

するとその男性は、「え、私からですか」と驚かれましたが、「嬉しいな。こんなふうに声をかけてくださるなんて。しかも体の心配までしていただいて」と喜んでくださいました。ところが、「でも大丈夫です。ありがとうございます」と言って、また雑誌を読んではるんです。

「ご主人、すいません。信用できないのもよくわかります。ただ、検査だけ行っていただけませんか。なんなら、私、検査の費用もお出しします」。

「いやいや、財布の中身の心配までしていただいて。お優しいことで、ありがとうございます。でも、大丈夫です」。

私もどうしたものかと思って、「いや、ご主人、お金はお返しいただかなくても結構ですし、私が病院まで車でお連れしてもいいです。一緒に行っていただけませんか」と、再度念押ししました。

すると男性は「そうですか、うーん、どうしようかな……」と、考え始めたんですよ。

「あなた、お坊さんなんですよね……。うーん、じゃあわかりました。正直に言いますね」と。

そしてこう言ったんです。

「……実は私ね、去年の12月にもう死んでるんですよ」。

そう言って、目の前からスッと消えたんです。

驚いて周りを見渡しても、私以外の周囲の人たちはまったく気づいていない様子でした。私は誰もいないところに向かって一人で話していたのか。男性のがんの匂いだけが残っていたのか。詳しいことは今もよくわかりませんが、そんな体験をしたことがあります。このような話を若者たちの前でしました。

ろうそくを前にマイクを持ち、時には笑いを呼びつつ軽妙な語り口で怪談説法を行った三木住職。最後には独自の解釈で「デザイン」を語る場面もあった。

彼らは静まり返って話を聞いてくれていましたのですが、やがて総長の男の子が話してくれました。「俺も、お化けやねん」。どういう意味かと聞くと、彼が説明してくれました。親父は年中酔っ払っていて、お母さんは夜の仕事なので昼はずっと寝ている。「行ってきます」と言っても、誰かに「行ってらっしゃい」と言われたことがない。「ただいま」の言葉に「おかえり」もない。自分は誰にも見えていない存在、つまり“お化け”なんだと。

暴走族に入る理由の一つは「見てほしい」「認めてほしい」からだと私は感じました。なぜならそこには“お化け”の彼らのことが見える人たちがいるから——それは、警察です。バイクで走り回る彼らに対し、少年課の警察官の中には、スピーカーで「風邪ひくぞ」と声をかけていました。

そんな話を彼らから聞いたとき、私は住職としてできることがあると確信しました。「怪談」を武器にして説法ができると、と。こうして私は、外へ出て怪談を語る僧侶になりました。もちろん、目的は怖がらせることではありません。誰にも見られず“お化け”のようだった気持ちに、光を当てること。見えないものをどう受け止め、今をどう生きるか。そうしたことを考えるきっかけにしてほしいと思い、私は怪談を語り、説法を続けているのです。

「影は人生を浮き立たせる」

三木さんはその後、「怪談王」などさまざまな賞を受賞。YouTubeで自身のチャンネルを開設し、40万人以上が登録するまでになったといいます。講演ではデザインに対する考え方にも言及。自身がある人から「人生のデザインをしなければ」と言われたことに触れつつ、知人でもあるという松本隆氏が作詞した『君は天然色』を紹介し、同曲の歌詞は松本氏が妹の死を悼んで作詞したもので、明るい曲調は、あえて「影を影のまま描かない」ことから生まれたものだと説明。貧しさや病気といった“影”も、明度と配置によって人生を浮き立たせる要素になり得ると述べ、「好き勝手にではなく、世の中の役に立つこと。目標に向けて“影をいかに活かすか”が、よりよく生きるデザインではないか」と話しました。

デザインセンターの中にも三木住職の「ファン」は多い。企画者の一人は「怪談説法という独自のジャンルを形成され、その後もメディアやYoutubeなどを通して精力的に活動されている三木住職のお話が、CLAYのデザイナーにとって大いに刺激になると考えた」と話した。