グラフィックデザイングループで「cresc.by ASTALIFT」の誕生を牽引したデザイナーの小林智恵子さん。

いいときも、わるいときも寄り添ってくれる、新たな化粧品ブランドをデザインする

敏感肌に悩む人に寄り添うスキンケアブランド「cresc.by ASTALIFT」。そのデザインを手掛けたのが小林智恵子さんです。製品コンセプトの策定からパッケージの細部に至るまでこだわり抜いたプロジェクトだと語ります。その開発の裏側と、富士フイルムならではの環境における働き方について聞きました。

富士フイルムの敏感肌向けブランド「cresc.by ASTALIFT」は、小林さんがデザインチームのリーダーとして開発段階から携わったそうですね。

小林はい。開発自体は私の入社4年目のころにスタートしました。富士フイルムの機能性化粧品シリーズ「アスタリフト」はエイジングケア*ブランドとして展開してきましたが、その技術を生かした化粧品の魅力をより幅広い世代に伝えることをテーマに、乾燥・敏感肌に悩む20~30代をターゲットとしたスキンケアブランドを一からつくるプロジェクトとしてはじまりました。また、一貫したブランド・世界観を、消費者の方に直接お届けする、D2C(Direct to Consumer)のプロジェクトでもあったため、さまざまな検討を経て2022年1月に販売を開始しました。
*年齢に応じたケア

敏感肌に寄り添うスキンケアブランド「cresc.by ASTALIFT」。ジェリー状化粧液、乳液、UV化粧下地、洗顔フォームをラインアップ。

デザインする上で特に苦労したことは。

小林やはり、この商品・ブランドとユーザーとの「出会い方」を考えてデザインしたことでしょうか。「cresc.by ASTALIFT」は当初から基本的にオンライン販売を想定していたので(一部店舗では取り扱いがあります)、ユーザーと最初に対面するのは個装箱になります。化粧液のボトルはもちろんですが、出会いを演出する個装箱を含めたトータルでブランドの世界観を伝えられるデザインを実現する必要がありました。

コンセプトとしては、ターゲットに挙がった「敏感肌に悩む20代後半から30代のミレニアム世代」というペルソナを、少しずつ明確化していきました。

私自身も幼いころからアトピー性皮膚炎に悩んでいて、肌トラブルはストレスの原因にもなっていました。肌は調子の良い日もあれば、季節の変わり目など環境の変化によって突然悪くなることもある。明るい気分でいたいのに肌の調子でイライラして、なんだか落ち込んでしまう。そういう肌のゆらぎに対し、毎日寄り添ってくれるような存在、使う人と一緒に毎日一歩ずつ進んでいけるようなスキンケアブランドにしたいという思いがありました。

そこで、「寄り添う」「楽しむ」「共に変化する」をブランドフィロソフィーとして、ゆらぎがちな肌を整えて心をだんだんと軽やかにすることを目指し「いいときも、わるいときも、ここちいい肌へ。」をキャッチコピーとしました。

それと同時に検討したのが商品名です。いわゆる“100本ノック”のような感じで、皆でアイデアを出していきました。そうした中で決まったのが「cresc.(クレスク)」。音楽用語で「だんだん強く」を意味する「クレッシェンド」に由来しています。肌だけでなく、心も一緒に、少しずつ、だんだん前向きになれるような願いを込めています。

製品自体にも、ジェリー状の化粧液の気泡が容器の深いブルーのグラデーションと薄いピンクと相まって優しげでかわいらしい佇まいがありますね。

小林開発の初期段階に、研究所から化粧液のサンプルが届いたのですが、その中の気泡がすごくきれいだねという話になって、それを生かすボトルのデザインを考えました。本来工場では、なるべく気泡が発生しないように充填するのですが、あえて気泡を残すことで、浮遊する気泡が光の反射でキラキラと輝くみずみずしい佇まいとし、効果的な保湿への期待感を高めたデザインとなっています。

気づかない人もいるのですが、実は、個装箱を開封する時のジッパーも2本の平行線ではなくクレッシェンド記号のように右に向かってだんだん大きくなるような切れ目を入れてもらっています。また、ジッパーを開け終わったところにキャッチコピーを印字し、開け終わったジッパーのほうにもメッセージ——Have a good time!など——を数種類用意して、リピーターの方も毎回楽しめるように工夫しました。アイスキャンディーの棒のように毎回楽しみにしてもらいたいなと。

個包装に特にこだわったと話す小林さん。個装箱を開封する時のジッパーも2本の平行線ではなくクレッシェンド記号のように右に向かってだんだん大きくなる仕掛けになっている。

一般的に想像される「デザイナー」の仕事領域よりも仕事の幅がかなり広いように思います。

小林そうかもしれないですね。工場とモノづくりのやりとりをしながら、商品企画のメンバーとはイメージカラーの設定なども同時に行っていたので、かなり大変ではありましたが、実際にかたちになり、製品として多くの方が手に取ってくださっているのを見たときには、なんとも言えない喜びがありました。とはいえ、開発のスタート当時はまだ入社4年目でしたし、入社前はそうした各部署との折衝や調整まで行うとは想像していませんでしたね(笑)。ただ、コンセプトと製品名、パッケージ・デザイン、テーマカラーなどはそれぞれ影響し合うので、一貫したブランドの世界観を構築するためには、デザイナーとしてかかわる領域は必然的に広くなっていきますし、それを商品企画のメンバーからも期待されているように思います。

お仕事について伺います。あえて現在のご自分の課題を挙げるとしたら、どのようなことでしょう。

小林「cresc.by ASTALIFT」を含め、これまでの仕事の多くは企画担当から与えられた内容を、彼らと一緒に詰めていくことがほとんどでした。そこからもう一つ先に進められるとすれば、与えられたお題だけではなくて、デザイナー側からお題を与えられるような、「足していける」デザイナーになりたいと思っています。

一つの商品がユーザーに届くまでには、研究者、デザイナー、広告、販売員など、さまざまな人たちの仕事がチェーンのようにつながっています。そのつながりの中でより強く影響を波及させられるようなデザイナーになりたいと考えています。

小林さんは「大変ではあったけれど、実際にかたちになり、製品として多くの方が手に取ってくださっているのを見たときには、なんとも言えない喜びがあった」と語る。

富士フイルムで働くおもしろさは何ですか。

小林そうですね、二つあります。一つは、自由に挑戦できる環境があることです。上司や先輩が意見をしっかり受けとめてくれるので、自分の発想を伝えてそれをスムーズに聞いてくれる環境だと思います。もちろん「それは違うんじゃない?」というフィードバックももらいつつ、ジッパーのデザインもそうだったのですが、「おもしろそうだね、作ってみようよ!」と言ってもらえたり、懐が広い職場だなと感じます。

二つ目は、幅広い事業領域に携われることです。私は化粧品だけでなく、チェキのパッケージのデザインもさせてもらっていますし、チームとしては、医療や産業機器の分野にも携わっています。「メーカーのインハウスデザイナー」という立場でこれほど多様な仕事ができるのは、富士フイルムならではだと思います。

あえて少しの気泡を残すようにこだわったデザイン。透明感とやさしさがボトルに宿っているよう。
  • Text by Tomoro Ando
  • Photo by Sayuki Inoue