UIデザイングループに在籍し、WIDE Evo™のUIを担当したデザイナーの小川桃佳さん。

表情豊かなエフェクトとアナログ感覚を再現したUIで、心地よい撮影体験をつくる

2022年に入社した小川桃佳さんは、プライベートでもカメラを持ち歩いて撮影することが多いという。そんな小川さんにとって、ユーザーの気持ちを重ねられるイメージング製品のデザインに関わることは大きな喜びだった。商品企画の段階から携わった「instax WIDE Evo™」の開発秘話について聞いた。

チェキ™シリーズの最上位モデルとなる「instax WIDE Evo™」(以下、WIDE Evo)のUIデザインを担当するようになった経緯を教えてください。

小川私が入社したときにはすでに企画が立ち上がっていて、プロジェクトに参画したのは入社1年目の夏頃でした。通常ハイブリッド機種の開発では、カメラのUI担当、アプリのUI担当、といったふうに分業するケースも多いのですが、WIDE Evoが自身の初めての主担当製品ということもあり、UIデザインすべてに携わらせてもらいました。

手がけた内容とは?

小川デザインした内容は大きく3つです。ひとつは本体の液晶内に表示されるUI。メニュー表示の仕方や階層構造の設計です。もうひとつが新たに盛り込んだエフェクト機能の仕様。3つ目が機能提案を含んだカメラと連携するアプリのUIです。

デザインはどのようなかたちでスタートしたのでしょうか?

小川WIDE Evoはこだわりを持った30代の男性をターゲットに開発されたものです。目指したのは、ホビー的な感覚で楽しんでもらうというよりも、こだわりを持ってじっくり自分らしい絵づくりを追求することができるカメラでした。そこから機能やデザインの検討が始まっています。

WIDE Evoでは「リアルさ」を追求し、10種のフィルムエフェクト×10種のレンズエフェクトに加え、レンズエフェクトの光の入り方や色のグラデーションなどの強弱を100段階で調整できる機能、さらには「フィルムスタイル」「広角モード」を新たに盛り込んだ。写真は、検討に用いたモックアップ。

先行して販売されたmini Evoは多彩なエフェクト機能が特徴でした。これらはどう進化したのでしょう。

小川エフェクト機能は最も注力した部分です。mini Evo に搭載した10種のフィルムエフェクト×10種のレンズエフェクトに加え、レンズエフェクトの光の入り方や色のグラデーションなどの強弱を100段階で調整できる「度合い調整」機能を新たに盛り込んでいます。そこで意識したのは「リアルさ」です。例えば「光漏れ」のエフェクトでは、実際にフィルムカメラを感光させて撮影し、作成したサンプルから光の入り方を切り出すことで、リアルかつ表情豊かな効果を実現しています。他のエフェクトも、モチーフとなる作例から、その画を構成する要素を分解して画像処理のパラメーターに落とし込むなど、思いのままに繊細な表現が可能となるようにとことんこだわりました。

「フィルムスタイル」「広角モード」を加えると、10万通り以上の絵づくりが可能になるわけですね。ただ、選択肢がありすぎて自分の好みを探すのが難しいという声も聞こえてきそうです。

小川そういう声を考慮し、作例からもエフェクトを選択できる機能を提案し、実装しています。これはアプリ側の機能になりますが、SNS上にアップされたWIDE Evoユーザーの作例から、気に入ったものを選んでエフェクト設定ごとインポートできるようにしました。アプリを通じてユーザーの撮影意欲を少しでも喚起できればいいなと思っています。

豊富に用意されたエフェクトは、「撮って、出力して、終わり」というシンプルな楽しみ方が魅力だったアナログタイプのチェキ™とは一線を画していますね。操作系UIにはどのような進化がありますか?

小川これほど多様な機能を盛り込んだ機種であっても、チェキ™らしい、直観的で簡単に使える操作性を継承するために、WIDE Evoでは「連動感」というものを強く意識しています。一例を挙げると、本体横にレンズ・フィルムエフェクトを設定するダイヤルがあるのですが、視認性の観点からダイヤルの回転軸上にメニュー画面の値が出るようにしています。また、レンズリングの心地よいクリック感と連動させた緻密なメモリ表現や、本体側面のプリントクランクの巻き加減に応じて画面に表示されるゲージの溜まり具合もGUIのポイントです。

デジタルでありながら、各所においてアナログ感覚を意識したデザインを取り入れているのですね。

小川すべてのボタンやダイヤルに操作音を付けているのもそれを意識してのことです。instax™製品は、プロダクトデザイナーとUIデザイナーが協働でサウンドデザインを手がけています。GUIと並行してサウンドを検討することで、物理的なボタンの感触や画面に表示されるメニューの動きと音を連動させ、ひとつの世界観を醸成することが可能になります。

製品化に直結するデザイン以外にも、事業部などからデザイナーのスキルが求められることが増えているという小川さん。そうした期待にもできる限り答えていきたいと話す。

気に入っているサウンドがあれば教えてください。

小川カメラの天面ボタンのサウンドがお気に入りです。ボタンを押すと、暖かみのあるオレンジ色のLEDが点灯するのですが、これは真空管をモチーフとしており、じんわり点灯する様子をイメージして作成しました。

手がける要素が多かったことで難しさを感じた点があれば教えてください。

小川今回は特に、本体、アプリ、エフェクト、サウンドなど複数の関係者とのやり取りが必要でした。エフェクトの仕様検討ではデジタルカメラのXシリーズの画質設計担当者と初めてタッグを組ませていただきました。instax™の開発において画質設計の担当者が付いたプロジェクトはこれまでになく、デザインの意図を伝える手段に苦戦しましたが、試行錯誤してまとめた資料が呼び水となって議論が活性化した瞬間は非常にやりがいを感じました。

WIDE Evoがチェキ™というブランドに及ぼす効果をどのように見ていますか?

小川チェキ™の購入層でいちばん多いのは若年層の女性で、友人同士や家族などのグループショットに使われるのが一般的です。しかし、ワイドフォーマット対応の既存製品がどのように使われているのかユーザー調査をしてみると、余白を生かした物撮りや風景撮影のために利用している人が多いことがわかりました。WIDE Evoをきっかけに、従来のターゲット層に限らず、こうしたカメラの操作にこだわる人にも受け入れられる機種があることに気づいてもらえたら嬉しいです。

従来分業するケースが多かったカメラのUIとスマホのUIの両方をWIDE Evoでは担当した。機器の背面に並ぶ写真は、レンズエフェクト機能のリアルさ検証するため自ら撮影し、まとめたものといい、その枚数に圧倒される。

UIデザイナーに求められる資質について小川さんの考えを聞かせてください。

小川instax™のUIデザインにおいては、まだ世の中にない新しいものを生み出すために、果敢に、そして楽しみながらチャレンジする姿勢が重要だと考えます。instax™は課題解決というよりは、新たな価値提案の側面が強い領域です。そのようなケースでは夢や想像を膨らませることが得意なタイプが適任な気がします。担当する事業領域によって求められる資質は変わると思いますが、デザインセンターは、どの領域であっても各個人の個性が生きる環境だと感じています。

入社から4年が経過し、デザイナーの役割に対する考えに変化はありましたか?

小川製品化に直結するデザインを提案し、それを形にすることがデザイナーの主業務だという考えは変わりません。ただ、それ以外にも期待されていることがあって、例えば、商品企画のメンバーからは、事業部トップに向けた説明資料のデザインを頼まれたりするケースがけっこうあります。製品のデザインだけでなく、関係者の「想い」を可視化したり伝えることも含めて、様々な場面でデザイナーの表現スキルが求められるので、私は時間が許すかぎり、そうした期待にも応えていきたいと思っています。

  • Text by Masahiro Kamijo
  • Photo by Sayuki Inoue