プロダクトデザイングループでチーフデザイナーを務める扇 一行さん。豪快な笑顔とは裏腹に、手がける医療機器のデザインでは医療従事者や受診者への繊細な気遣いを忘れない。

医療機器のデザインを「美しい」と感じられるレベルに昇華させる

グループ会社で業務用機器のデザインを担当していた扇 一行さん。富士フイルムでは、チーフデザイナーとしてこれまで無縁だった医療機器のデザインに挑戦している。初めて手がけた内視鏡プロセッサーは、コロナ禍を経て、ブランドを体現する理知的なデザインにまとめた。課せられた使命や医療機器のデザインに寄せる思いを聞いた。

内視鏡プロセッサーとはどのような製品なのか教えてください。

先端に超小型カメラを搭載した内視鏡スコープを使って胃や腸などの様子を検査するシステムの中核をなすもので、スコープで撮影した体内の様子を高精細な画像に変換するための装置になります。私がデザインしたのはその旗艦モデルです。

初めて医療機器のデザインに携わってみて、どんな印象を持ちましたか?

医療機器のデザインは考慮しなくはならない点が独特です。例えば血液が機器に付着した際、それが汚れとしてきちんと見える必要があります。清掃性も重要で、溝があってもそこに汚れの拭き残しが生じないよう配慮しないといけません。また、外観から信頼性を感じてもらえることも重要です。受診者が見たときに、「この装置ならきちんと診察してもらえる」と安心して思ってもらえるような。さらに、さまざまな医療機器が混在するなかで、「その他大勢」にならないための個性も求められます。

そうした要件を考慮しつつ、どのようなデザインを心がけたのでしょう。

3つのポイントがあります。ひとつ目は、外観と操作性の両面において従来製品との共通性を維持しながら、ブランドとしてより際立つデザインにすることです。内視鏡システムは周辺機器が多いので、「群」として一貫性を持たせることがとても重要です。

ふたつ目は、高い機能性を備えたフラッグシップモデルとしての風貌を与えること。3つ目が、技術の高さを感じさせるインテリジェンスなデザインを実現することでした。見た人が「賢そう」だと感じてもらえる点は、富士フイルムの製品における外観上の特徴だと思います。

内視鏡スコープの挿入口をLEDでリング状に光らせる仕様は、暗部に置かれることが多い設置環境を考慮してのこと。技術者に当初「難しい」と言われながらも、粘り強く実現にこぎ着けた。

あらゆる製品において、ということでしょうか?

特に医療分野で顕著でしょう。医療機器のデザインを行うにあたり、まずは競合他社とのデザインの違いを調べるところから始めました。比べてみると、白と黒のコントラスト表現や、色の分け方などにおいて、明らかに「賢そう」に見えました。そこで今回のモデルでは、さらにその部分に磨きをかけられるよう意識しました。

フラッグシップモデルの雰囲気を醸すためにデザインで行ったこととは?

デザインセンター内でよく使われる言葉に「堂々とした」という表現があります。堂々としているように見える、堂々と佇んでいるように感じられる、ゆるぎない強さを漂わせる。白を基調に、操作系を黒でゾーニングしたシンメトリーなデザインにすることで、そういうイメージにつなげようと考えました。

デザインを決定していく過程で苦労した点があれば教えてください。

強いて挙げれば、開発時期がコロナ禍だったこともあり、関係者の意思統一を図るのがなかなか難しかった点です。言葉だけで議論していてもなかなかイメージを共有できないことも多いので、方向性をまとめるために相当数のモックアップをつくりました。やっぱりデザイナーの役割のひとつはビジュアライズすることですから。

日頃からモックアップはたくさんつくられるのでしょうか?

そうですね。でもこのスタジオでは珍しくありません。つくるのが好きな人間ばかりが集まっていますし、上司も「いろいろつくってみよう!」と言ってくれます。想像だけで語るのではなく、きちんと立体を見てもらい意見してもらうことで、コミュニケーションの密度や確度を上げていく。ここではそういう文化を大事にしています。

意思決定の時間の短縮や方向性のずれを生じさせないのも、デザイナーの腕の見せ所なのですね。

方向性が決まった後は、それを崩さずにいかに設計条件などを考慮していくかがデザイナーの手腕として求められます。「方向性を決めたときのモックアップはかっこよかったのに、いろんな要件を織り込んでいったら普通になったね」とは決して言われたくない。むしろ、「どんどん良くなっているね」と言われるぐらいじゃないといけないと心がけています。

最初のコンセプトをキープしつつ、デザインの精度を上げていくためのコツとは?

いろんな制約条件が出てきたときに、まずはいったんそれらを受け入れてみることです。制約条件を批判的に捉えず、一度ポジティブに転換して考えるようにしています。そして、やってダメだったら、こんな方法もあるのではと逆に自分から提案をする。そういうことを繰り返すうちにデザインの精度はどんどん上がっていきます。

より良い医療機器をデザインすることで富士フイルムのファンを増やしていきたいと語る扇さん。

開発期間中には欧州視察にも行かれたと聞きました。

視察は発売が目前というタイミングだったので、開発のための「予習」というよりも、「復習」の色合いが強かった。欧州の医療現場を周り、今回の旗艦モデルで考えたことがどこまで現場のニーズや状況と合っているか、その答え合わせをしてきた感じです。

本来であれば開発の初期段階で実施するのが望ましいのでしょうが、コロナ禍だったこともありそれが実現できませんでした。そこに一抹の不安があったので、デザインワークが終わった段階でもいいので、使われる現場を自分の目で確かめておきたいと思っていたんです。

欧州の医療現場を視察して感じたこととは?

まず、デザインの狙いがニーズにフィットしていることを確認できて安心しました。加えて、「もっとこんな提案もありかも」と新しいアイデアも湧いてきました。それらは将来、後継機種をデザインする際にしっかり取り入れていきたいと考えています。

毎回新しいデザインを生み出すのは大変ではないですか?

今のところは大丈夫です。まだまだ「伸びしろ」がありますから。

「伸びしろ」とは、機種の性能という意味でしょうか?

プロダクトの性能はもちろんですが、自分のスキルもそうです。医療機器のデザインに関わってまだ日が浅いこともあり、経験するたびに得るものがあります。知らないことがたくさんあることが自分の成長を後押ししてくれる、そんなふうに考えています。上長にはいつも「成長が止まらないんです」と言っています(笑)。

医療機器をデザインするうえで、扇さんが大切に思っていることを教えてください。

常々思うのは、美しくつくることがすごく大事だということです。高性能であったり、コスパに優れたりするものは世の中にたくさんあります。でも、美しいと感じるレベルまで昇華しているプロダクトは本当に一握りです。その域にまで達するためには技術だけではダメなんです。

これまでの経験のなかで「結局、顧客はスペックで買うのだから、デザインに凝る必要はない」と言われたことが少なからずあります。確かにそうかもしれません。でも、業界のトップを走るには、スペックと美しさの両方で顧客を満足させる必要があります。美しくまとまっているというのは、美しさにまで気が配られているということであり、それは機能や操作性に至るまで細かな配慮が行き届いていることを意味します。

医療の世界は、携わる人の働き方や作法も含め日々変化しています。3年前に見た情報が通用する世界ではないんです。そのためにも、できるだけ現場に足繁く通い、今を見て、未来に想いを馳せることが求められます。そうやってより良い医療機器をつくることで、富士フイルムのファンを少しでも増やしていければと思っています。

手がけた内視鏡プロセッサーを指差す扇さん。白を基調に、操作系を黒でゾーニングしたシンメトリーなデザインが装置にインテリジェンスな表情を与える。
  • Text by Masahiro Kamijo
  • Photo by Sayuki Inoue